2017年3月20日 (月)

「マスコット」

 街中を行くと本当にコンパクトな車が増えた。私の愛車T社のCは大きめサイズなので特にそう感じるのかも知れない。燃費云々よりも「乗り心地最優先」という選択である。考えてみれば、経済性最優先のコンパクトな車が流行りだしてから、足掛け20年くらいはたっている。つまり、そのタイプの車に長年乗っているユーザーは、若い時からコンパクトな車の運転が身について現在に至る。そういう時代になったのだ。

 

 時々、車の中を自分の家のように装飾している車を見かける。過日、運転中に後方安全のためにバックミラーで見たところ、フロントガラスの手前/運転席側にミニ・マスコットをわんさか並べている車を見かけた。女性のドライバーで50歳前後というところか。「わんさか」であるから車の外にあふれ(?!) そうみたいな感じである。その中にどこかで見たような異形のモノが一つ混じっていた。森の精「コダマ」である。かつてものすごい人気を誇った劇場用アニメーションに登場する奥深い森にすむ住人…というか守り神である。白い体に目と手が二つづつ。くっくっくっくっと首を左右に振るのがお約束である。自分の車の守り神にしてしまった(?!) 年齢から考えて、マスコットがその女性自身の趣味だとは考えにくいが、世間は広いので一概にはいえない。

170320

 メカに弱いこともあるけれど、私にとって車は何かの用事を足す手段みたいな感じだ。もしメカが好きな人間であれば、運転すること自体が目的ということになるので、随分と違った感覚でいるに違いない。従って、車内をごてごて装飾するといった気持ちになることもない。

 かなり前のことだけれど、日米間で貿易摩擦が起きたことがある。その時に格好の標的にされた品目の一つが日本車である。平たくいえば、日本は米国市場で日本車をバンバン売るのに日本市場では米国車はさっぱり売れない。これは貿易不均衡だ…。TVなどでは、米国の労働者が日本車を焼く場面なども映し出された。米国車が日本で売れなかったのは、こちらの市場に合致するような車を米国のメーカーがつくらなかっただけの話である。他国のせいにするのがいかにも米国流である。日本車のユーザーは、日本車だから…ということを選択の主な理由にしていない。自分の経済力、その他の理由に日本車が合っていただけの話だ。その単純な原理を米国は理解しなかった。

 マスメディアで知る限り、最近の国際政治はゴーマンが大はやりである。日本国民の一人としては、日本はそういう国の仲間入りをして欲しくない。

2017年3月17日 (金)

「立ち食い」

 記憶が定かではないけれど、「立ち食い」なる習慣を知ったのは、進学で東京に行くようになってからだ。1970年代前半の話である。大都会  みんな忙しい  食事もすばやくすませる  立ち食いがスマート  ということだけれど、さすがに「(酒の)立ち飲み」まではやらなかった。一言でいうと、自分の嗜好に合わなかったのだ。「せめて酒を飲む時くらいは…」という訳である。

 

 ソバやウドンの立ち食いとは直接関係ない話をすると、以前、盛岡市内に本社のあるハウジング会社の本社を所用で伺ったことがある。銀行などを除けば、当時は数少ない地場の株式公開会社の一つだった。急成長を遂げた企業なので当然ながら働いている人達もやる気満々である。少なくとも私が見た限りでは、すべての従業員の人達が立って仕事をしていた。私がたまたま伺った時だけあるいはそのフロアーだけそうだったとは考えにくい。それがそこの「常態」であるらしいと理解した。

 後年、その企業で働いている方とお話をする機会があった。月日が流れて仕事の仕方にも変化があらわれたらしい。「昔はそういう時代もありましたけれどねえ…。」と苦笑しながらいわれた。私がかつてその企業の本社を伺った時に目撃した場面は、今や「まぼろし」になったのだ。

 

 170317 先日、所用で盛岡駅に立ち寄った際、久しぶりに立ち食いスタンドでウドンを食した。タレとウドンそしてこの時には天ぷらと生卵も付けたので、4点セットのバランスが絶妙である。駅にはいくつかの立ち食いスタンドがあるけれど、訳知りの人はみなこのスタンドで食べている。立ち食いウドン(ソバ)といえどもはやりこだわりがあるのだ。この種のこだわりは他人に迷惑をかけるものではないので大歓迎である。私はたまにしか行かない「気まぐれな常連」だけれどいつまでも今の味を守って下さい。

 

 食べ物の記憶は、食べた時の時代や自分史などと密接につながっている。私の世代であれば、やはり戦後の日本の経済成長と食の歴史は切り離すことはできない。おおざっぱにくくれば、モノがない時代の常識と現代のそれとはほぼさかさまになってしまった。モノがない時代にあっては、「食べるものがある」こと自体がすでに生きるための必要絶対条件である。今のような飽食の時代になるとそうした原点もすっかり忘れ去られてしまった。

 一日三食食事をとることができるとすれば、これは素晴らしいことなのだ。

2017年3月10日 (金)

「マンション」

 プリンセス・プリンセスといえばかつて一時代を画した5人組の女性グループだけれど、ヒット曲「ダイアモンド」の中で「スカイスクレイパー」という言葉が使われている。超高層ビルあるいは摩天楼といった意味なそうだが、東京に出張した時などは、そうした場所に立ち寄ることもある。

 170310 過日、盛岡駅の近くのホテルに所用があり付近をぶらついた。盛岡は人口が30万くらいの小さな地方都市なのでさすがにスカイスクレイパーはないけれど、結構市内の繁華街には多層階のマンションが多い。転勤族の人も最近は多いし、あるいは一戸建ての家よりもそうしたタイプの住まいの方が居心地がよろしいと思う人がいても別段不思議ではない。

 

 若い頃に仕事の関係で2年ほど静岡市にいた。勤めていた企業では、社宅として郊外のマンションの一室を従業員に提供していた。そこに寝泊まりしながら職場へ…ということだったが、3食とも食事は外で済ませるのでその一室は単なる「ねぐら」みたいな感じである。時々、会社の仲間が遊びにきてはミニ・パーティーなども開いてフィーバーしたのだった。

 私は昔から住むところには無頓着である。やや大げさにいえば、「根っころがれればいいや」みたいな感じである。これは私の気質的なところにおう部分が大きい。推測だけれど、女性と男性とでは、住宅に関する感覚はかなり違うような気がする。上手は表現ができないけれど、「自分のお城」みたいな感じというか「所有物」みたいに思う女性が多いのではないだろうか。男性の大部分は、そこまでの「居つき性(?)」はないような気配もする。

 

 その会社で手当てしてくれたマンション社宅は、どういう訳かドアがとても重たかった。男性の手でもかなりの力を使わないと手前側に引けない。理由は不明ながら、当時のそこでの生活の様子よりも、その扉の感覚の方が記憶に強い。気分としては、その扉が職場とプライベートな生活の境界線みたいな役目を果たしていたということだろう。

 その企業はその後業績不振に陥り、消滅してしまった。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、何かのご縁でお世話になったところが傾いた話題というのはなんとも忍び難い。当時の職場でお世話になったK店長、T次長、OH主任あるいはチェッカーチーフHさんなどいろいろな方々の顔は今でも思い出す。懐かしい情景がセピア色に見えるのは年齢を重ねた証だ…という見方もできるけれど、人間だもの、少しはそうした部分があっても不思議ではないだろう。

«「機械のせいでは…」