2016年8月26日 (金)

「似た者同士」

 思うに「個性」を持っているのは人間だけではなく、他の生き物達も同様である。もし、「人間だけが…」と思っている人がいるとすれば、それは思い上がりのような気もする。

 

 代表的な日本の鳥というとキジということになる。どうしたものかオフィスが入居しているビルの附近に何匹かいるらしい。時々、鳴き声が聞こえる。例の独特の鳴き声である。ある日、駐車場に車をとめて正面玄関側を通りビルに入ろうとしたところ、どうしたものか一匹のオスのキジが正面玄関外側から中を覗いている。好奇心の強いヤツだね。オスは何度か見ているので「標準的」なサイズは大体わかるけれど、今まで見た中では一番大きかった。中を見るのに夢中だったらしい。こちらが3-4mくらいまで近づいているのに気がつかない。もし、私がキジ汁やキジそばを大好きな人間であったならば、ヤツは大いに危険であった。正面玄関のガラスは素通しになっている。中を除くと同時にガラスに反射した自分の姿を見ていたのかも知れない。何せ普段は自然界の中に鏡はないだろうから…。もしそうだとしたなら、ヤツには自分の姿がどのように映ったものだろうか?

 160826 さすがにこちらの気配に気がついたか、近くの空き地に向かってバタバタと飛び去った。キジは長い距離を飛べないということになっているけれど、緊急事態時には、安全なところに逃げるくらいはOKらしい。幸運を祈る。

 

 「好奇心が強そう」という意味では、毎朝、拙宅の庭に来るシジュウカラも同じである。玄関を出ると車の所まで木がなん本かあるのだが、枝にとまってこちらをウォッチングしている。彼らもその日によって若干気持ちにブレがあるらしい。くつろいでいる時は「ツーペー、ツーペー」と、逆に、例えばカラス等がいてやや警戒心が伴っている時には、「チッチッチッ」という鳴き方をする。他の野鳥も何種類か来ているけれど、はっきり鳴き方の区別がつくのはシジュウカラくらいである。

 たまさかカラスの話が出たけれど、先日、ドアを開けたら目の前にばったり一匹のカラスが鎮座(?) していた。私が出て来るのを予想していなかったらしい。

こちらは別に驚かない。だって、今まで山でツキノワグマに10回以上出会っている。さて、両者間の不気味(?!) なアイコンタクトが数秒あった後、ヤツは飛び去っていった。今思えば教えてやればよかったね。少しは人間にも敬意を払うもんだって  

2016年8月24日 (水)

「面影」

 朝所用があったので、いつもとは違う通勤ルートを通った。街の一角に以前勤めていた流通関係のお店の一つがあり、ふと車窓から眺めたところ、完全な更地になっていた。そうか「おつとめ」が終わったのですね。お疲れ様でした。すべてのものごとは、何かしらの役に立つために存在している。昔のことはともかく、心機一転、また化粧直をして世のために活躍してもらいたい。

 

 そこの更地は「復活」がありそうだけれど、「再登場」が中々難しいものもある。岩手のように広範囲な地域を持つ県では、鉄道網はとても重要な交通機関だ。内陸部と沿岸部を結ぶ重要な路線の一つに山田線がある。先日、その支線の一つである旧岩泉線沿いの道路を車で通った。「旧」といった理由は、茂市⇔岩泉を結ぶこの路線は数年前に全線廃線になったからだ。1942年6月に茂市から一部区間が通り、その後1972年2月に岩泉まで全線開通した。つまり、一部区間開通期  全線開通期  2014年4月の全線廃線まで  と歴史をたどると、おおよそ70年の月日が流れたことになる。

 理由はよく知らないけれど、人家はその住人がいなくなったとたんに荒れ放題になる。建物はいたみ、庭は草ボウボウといった感じである。旧岩泉線はところどころに村落が点在しているものの、山間部が中心のローカル路線という性格である。その昔、沿線に住む人たちにとってはとても大切な交通機関であったに違いない。線路沿いに駅の建物が残っていて、車の窓ごしに見える。かつては、地元の人達が日々の生活に利用していたところだ。もし私が鉄道マニアであれば、郷愁に誘われて、車をとめてワンショットを  という気持ちにおそわれるだろう。

160824 廃線の理由は自然に起因する不可抗力による。いかんともしがたい。列車が通らなくなった鉄道は草ボウボウで線路もさびついている。往年を忍ばせるのは、昔列車が走っていたという雰囲気だけである。それをもってしても、山野を切り開き、険しい山の中にトンネルを築き、地元住民たちの生活路の確保を…という気概をもってつとめた先人たちの尽力に拍手を送りたい。

 

 話はかわるけれど、日本の鉄道技術の水準の高さは世界に折り紙つきである。

最近、近隣のC国が東南アジアのI国の高速鉄道網を受注した云々報道された。が、両国間で種々トラブルがおきはじめているとか。I国は国家レベルのプロジェクトの選択を誤った? もし日本が受注していれば、違う結果になった可能性が高い。教訓:ビジネスでは、経済性だけがすべてというものでもない…。

2016年8月22日 (月)

「有効な時間」

 仕事/オフかは別にして、車で移動している時間はとても貴重である。いろいろなことを考え整理する際に最高の空間だ。TV等とは違い頭の中が映像に拘束されないので、その分、よけいに想像力が働く…という仕組みである。特に郊外をのんびり走ることが許される場合には、その雰囲気が濃厚になる。

 

 過日、沿岸から盛岡に向かう主要幹線の一つを車で移動していた。東日本大震災の復興関連の事業が進んでいるらしく、工事用のトラックなどがバンバン通っている。私達が絶対に忘れてはいけないたくさん教訓をこの大震災は残した。復興には、まだまだ時間がかかりそうだ。

 移動中はラジオを聞きながら運転することが多い。私が関心のある話題であればいつの間にかハンドルさばきもかろやかになる。定期的に番組の間に道路情報が入るが、この時はややイレギュラーであった。「国道※号線で午後○時頃交通事故があり、現在、△地区で通行止めになっております」… ん?!  ※号線って今自分が運転している道路ではないか。△地区って、JRの駅がある山間のところだな。しかも今向かっている方向だ。事故が午後○時頃だったということは、それから2時間もたっていない。状況の判断が必要だ。このまま進んで現地で交通事故が解除されるのを待つのかそれとも引き返して迂回して遠路盛岡に戻るのか …。

 160822 もし、現在も完全に通行止めであれば盛岡⇒沿岸方面に向かう車が来るはずがない。が、対向車がぽつぽつ来る。通行止めは解除されているに違いない。結局、予想は当たった。( ラジオの情報よりも現地の事故処理の方がはやかった。)

 幸いにも、私は今まであまり交通事故を目撃したことがない。その少ない経験の中で幾度か「なんでこんな状態で事故る?」みたいな現場に遭遇している。この日の事故は、現場の附近にコンクリート製の電信柱が1本横倒しになっていた。他の柱は異常なしだったところを見ると犯人は事故車か? 余談だけれど、私はまだエアバッグを作動させた経験がない。この時の車のエアバッグはこれ以上膨らみようがない…といったようなパンパン状態であった。事故時の衝撃がものすごかったのだ。翌日の地方新聞/社会面には掲載されなかった。他のニュースの方が記事としての価値が高かったのかも知れない。

 

 私達は、もしかして日々自分の気がつかないところでミニ事件に出会っているかも知れない。知らなければ知らないでそれはまた無事安泰である。やはり、「生きている」ということは結構スレスレなことなのかも知れない。

«「来るものは拒まず…」