2017年11月23日 (木)

「はしくれ」

 諸般の事情で、ある地元銀行の個人株主になった。100株である。つい最近、その企業の取引関係者向けの説明会があり顔を出した。頭取いわく。「業績の内容を鑑みるに、当銀行の株価は実勢を反映していない。」世の中には皮肉なことはよく起きるけれど、先方の担当者に購入の申し出をしたのは、実は数ヶ月も前のことである。途端にその銀行の株価が上昇しはじめ、購入する側からすると高い水準で今でも維持している。PER等、株式を判断するいろいろな指標はあるけれど、所詮シロートである。成りゆきに任せる他はない。

 

株式市場のことは、毎日ニュースでも流すし新聞等でもとりあげる。振り返れば、1989年12月の大納会で東京証券取引所がつけた38,900円をやや超える株価がピークになった。つまり、バブル経済崩壊の境目になった。

それから25年ほど月日は過ぎ去ったけれど、「今は昔…」〜 今昔物語みたいな感じだ。

為替相場の世界では円相場はこのところ円高傾向が出始めた云々報道されている。円が安くなったり高くなったり、なかなかシロートにはわからない。そんな中、久しぶりに近隣C国の人たちによる通称「爆買い」のTV番組を見た。一時ほどのブームではないらしいけれど、依然として日本製品は人気があるらしい。購入動機の一番のポイントは「品質と信頼性」である。誰でも自分の生まれて育った国はよく思いたいもの。その番組を見た限りでは、「爆買い」をする人たちは、祖国C国でつくられている製品を信用していない。そこで、遠路日本まで来てお買い物をする。番組で紹介された若い女性は、自分で美容院を経営しているが、時々日本に来ては「必需品」を大量に買い込み母国C国で転売する。要は美容院経営者兼日本製品仲買業である。購入品には自分で使うものも含まれているので、観光も含めば一挙三得といったところか。

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 画面に映された製品は、食品はもとより化粧品・雑貨その他にいたるまで日本国内であれば近所のスーパーで簡単に手当てできるものばかりである。そのあたりの感覚が、なかなか日本人にはわかりにくい。「当たり前」すぎることには、人間は関心を持たないものだ。おそらく、多くの日本人は国内で買い物をすると仮定して「どの程度の品質か」とか「値段はリーズナブルか?」云々は考える。が、「食品に有害物質が入っているかも」とはまず考えない。つまり、C国の人たちがC国製品を見る目と基本的な部分からしてすでにズレがある。「爆買い」が日本経済を潤しているのは事実である。それはよしとして、余計な疑いを持つことなく自国品を買える国に住んでいることをありがたく感じた。

2017年10月16日 (月)

「ノスタルジー」

 若い人たちの音楽には疎遠になってしまったので、今にいたっては、そちらの業界のことはわからない。そうではあってもポップ系のミュージックに関しては、1950年代から60年代にかけて流行っていた音楽がルーツになっているような感じがする。音楽の多様性についていえば、今よりも当時の方に軍配が上がる。

 

 Photo いろいろなことが思い出される。1960年代を代表する米国の男性二人組デュオ」といえば、筆頭はサイモンとガーファンクルである。音楽番組の人気投票で上位にのぼった曲がたくさんあるので、どれを代表曲といってよいものかわからないくらいだ。私は彼らを特に好きなファンという訳ではなかった。当時はあまり気にとめなかったけれど今聞いてみるといいなと思う曲の一つが「アメリカ」である。米国では1968年4月に発売されたアルバムの中に収録されていたらしい。リリースから足掛け50年くらいは月日が過ぎ去っている勘定である。一言でいうと「抒情的なイメージ」の強い曲である。

 ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」は、1967年3月に日本ではリリースされた。発売当時はややユニークな題名でかつメロディアスな感じがしなかった曲…という印象が強いが、それはまさに不明というものでる。まごうことなき名曲である。

 当時、リバプールの郊外に「ストロベリー・フィールド」という戦争孤児が入所している施設があり、歌の題名が酷似している。ジョン・レノンは、「歌と実際の孤児院には関連はない。歌の「ストロベリー・フィールズ」はまったくの架空の場所だ。」といった旨の発言を雑誌のインタビューでしている。 

 余談になるけれど、当時はまだレコードの時代だった。営業面を考えれば当然ながらレコードに売れてもらわなければいけない。そこで、シングル盤ではA面にはあたりそうな曲/B面にはやや地味な曲という組み合わせが「お約束」だった。「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」のシングル盤は私も買ったけれど、A面は「ペニー・レイン」だ…と長い間記憶していた。今、インターネットで見ると「両面A扱い」ということになっている。

 

 サイモンとガーファンクルもビートルズもミュージックシーンに偉大なる功績を残したけれど、今は解散して存在しない。解散時にお金の問題がからんでいたと伝えているメディアもある。スターであってもやはりヒトの子なのだ。凡人と同じようなことで悩むしモメるのだという意味では、案外身近な存在だ。

2017年9月26日 (火)

170926「にょろにょろ&くねくね」

  以前、会社の同僚ににょろにょろ&くねくねしたものが大の苦手という男性がいた。その種のもの (生き物とは限らない) を見ると卒倒しそうになるらしい。

フロイド説に従えば、幼少時に何かトラウマを持つ経験をした? 

 にょろにょろ&くねくねということになるとすぐ思い浮かべるのはミミズと蛇である。彼らには野山に行けば結構出会う。それなのに、彼の趣味は山登りだという。ちょっと矛盾があるような気がするけれど、登山の時だけはOKということか

 

 つい先だって所用で県北のJ町とN市に遠征した。結構交通量の多い道路であったけれど、とあるところで左から右に移動中の蛇に遭遇した。幸い後続車がなかったので車をとめ見送った。シマヘビだと思ったが、よく見たらアオダイショウである ( シマヘビとアオダイショウを見間違えるなんて、私はドシロートもいいところだ)

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 記憶に間違いがなければ、子供の頃はもっとアオダイショウの数が多かった。祖母は「人家の近くによくいる蛇だ」といっていた。人家の近く⇔ その家の守り神 … ということだったが、「生き物をいじめてはいけない」という教えの寓話のようにも思える。日本の昔話にはよく蛇のエピソードが出てくる。つまり古来人間の世界に近い所に存在していた生き物だったのだ。昔話の中では蛇の種類は特定されていないけれど、マムシでは具合が悪い。やはり、やや 神秘性(?) が感じられるアオダイショウがよさそうだ。

 

 秋も本格的になってきた頃、郊外に遊びに出た。枯れ草が積み重なっているところでちょっと足でイタズラしたところ、ヤマカガシの幼体が姿を現した。

さすがに人目に長く触れるほどのんびりはしていないので、すぐに枯葉の隙間に姿を消した。3-4mくらい連なっている積山で3匹ほど見たということは、もしかして彼らの棲み処だったのかも知れない。おじゃまいたしました。

 季節の話ということになると、ここ数年、冬の天候が安定しない。人間社会と異なって自然界に生きる生物たちはモロにその影響を受ける。例えば、雪の多い冬になるとすれば、冬眠をする生き物たちはその鋭い本能でそれを察知するものだろか? 少しでも危険を避けられるところを選ぶ云々、冬を乗り越える知恵がないと種の保存が危うくなるに違いない。

 今年も頻繁に大規模な伐採を見た。そうなると彼らの生活環境は激変である。我らより彼らの方が必死なのかも知れない。

«「放心」