2016年9月23日 (金)

「愛車/メディカル・チェックアップ」

 予約していた日が来たので定期検査に出した。人間だって健康診断は大事なのだ。ましてや、愛車Cはすでに走行距離が24万kmを超え、25万km目指してまい進(?!)である。体調をみてもらわねばいけない。

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 理由はよく知らないけれど、4W車はタイヤが減りやすい。しかも、私のように運転が荒っぽい輩の場合、4つのタイヤが均等に減らない。プラスここ数年、1-2年に一回はタイヤのパンクが続いた。同じ時間はいていても減り方が均等ではないのだから、おニューにすれば他の3つのタイヤとのバランスも悪くなるのは当然である。その他もろもろを含め、オーバーホールしてもらうのだ。

 

 私の場合、車は「実用品」という感覚で乗っている。車のタイプや大きさ、あるいはカッコいい/やや地味、その時代の流行といったことには、ほとんど関心がない。いかに普段の生活で活躍してくれるか? その一点にのみ神経が集注している。そう考えて来ると、最優先事項は「乗りやすいこと」と「疲れにくい」ことの2点である。

 愛車Cを購入してから、結構な月日がたっている。実際のところ、今の愛車Cは「ハイブリッド」や「エコ」といった「いまふう」要素はあまりとり入れていない。私が購入後、2-3回同車種はモデルチェンジしているので、最新版のCは仕様が大きくかわっているに違いない。

 

 車の業界についていえば、このところそのイメージにふさわしくないスキャンダルが続いている。その名前を聞けば誰でも知っている世界のVが、意図的に燃費の不正行為を行った。その代償に彼らが支払わなければいけないお金は、気が遠くなるような額である。

 日本国にはそんなことはないだろうと思っていたら、最近M社で同じような種類のミステイクが明るみに出た。同社は以前、裁判沙汰にまでなったリコール隠し事件を起こしており、それもからめてマスメディアから連日連夜トップ記事扱いされている。

 

 換言すればユーザーが車を買う時はそのメーカーの信用を買っている。長年かけて築かれた信用も一瞬の誤りで帳消しになってしまう。人間は、過去の教訓から多くを学ばなければいけない。いずこによらずそれが人の道でもある。

2016年9月22日 (木)

「体と頭はやわらかく…」

 どうしたものか、「わけもなく忙しい」日が時々あらわれる。その日はそんな一日だった。いろいろな方とお会いし、面談場所もオフィスの入っているビルの応接室だったり外部のオフィスだったり…とまあそんな感じである。

 みなさん多忙である。昔みたいに、会話の大部分が世間話で占められるといったようなことは皆無である。実務的な話に終始することもしばしばだ。それがビジネスの世界というものだ…といえば確かにそうである。

 日々、同じ箱の中で仕事をしている方は私を含め4人いるが、結局、この日は自分がオフィスを出る最後の人間になった。若い時はよくあることだったので気にも留めなかったが、月日の過ぎ去るのははやい。いつしか自分が再年長になってしまった。

 160922 翌朝は少し疲れが残っていた。こうした時にみるTV番組はリラックスできるものがよろしい。朝食をとりながらCMのない某全国放送のラジオ体操をながめていた。画面に映る女性パーフォーマー達の体は本当に柔らかい。私がイメージする「柔らかさ」は、「膝を曲げないで手首が地面にぴったりくっつく感じ」なのだけれど、彼女達はそんなことはおちゃのこさいさいみたいだ。私が同じことをしたら、何だか足がひきつりそう…。

 

 ところで、観光地とていろいろな面を持っている。あたり一面銀世界の湖で遊ぶのもよかろう…ということで、いつぞや隣県AのT湖にミニ旅行した。たまの旅行とて宿泊した旅館にマッサージをお願いした。家人は女性が私は男性が受けもってくれたが、その人いわく。「今年、私がもんだ人の中で一番体がかたいですよ…」。そういわれてもタコじゃないんだから、急に柔らかくはなりません。

 「体がかたい人はケガをしやすい」というのは、スポーツの世界では常識になっているらしい。確かに理屈にかなっている。そうすると、私がいままで骨折みたいな大きなケガをしたことがないのは、幸甚というべきかも知れない。

 

 勝手な連想だけれど、体のかたい人は考え方もかたい? 根拠はないけれど、

何となくイメージとしてはつながりそうだ。今年著者が亡くなられたけれど、

大ベストセラー「頭の体操シリーズ」は私も若かりし頃に読んだ。正答率はといえば、高校の赤点レベル以下である。やはり、子供の時から体と頭を柔らかくするトレーニングは積むべきなのだ。

 若者のみなさん、人生でやっておいて無駄なことは何一つありませんよ!!

2016年9月19日 (月)

「野山の定番」

 その年によって若干姿をあらわす時期は異なるけれど、5月末から6月上旬になると野山では「ハルゼミ」がなき始める。この初夏のあたり、自然に戯れながら耳にする彼らの声はなんとも風情があり、他には例えることができない。体長は2-4cmで、体色の基調は緑色に少し黒が混じっている感じである。セミの鳴き声ランキングがあるかどうかは知らないけれど、私の感じでは「美声」とはいいにくいような気がする。

 あまり神経質な性質ではないらしい。この時期に野山を歩いていると、時折、道路上でほたえ(?)ている姿を見かける。野鳥などに狙われやすいのではと推測するが、長生きしてもらいたいものだ。彼らの業界(?) のルールかどうか、7月の中旬頃になると彼らの姿を見かけなくなる。(山野に関していえば) かわりに登場するのは、エゾゼミとかアブラゼミである。子供時の記憶では、アブラゼミ⇔街中でみかける…というイメージが強いのだが、最近は山の中でもなくようになった。生息域を拡大しているらしい。

 他の代表的なセミには、ミンミンゼミやヒグラシ、ツクツクホウシあるいはニイニイゼミなどがいる。私の記憶が正しければ、60年代くらいまではミンミンゼミはあまり盛岡のあたりにはいなかった。小学校6年生の時にお隣のM県にあるO島に家族旅行した時にはじめて目にした。その時に、他のセミよりも体が大きく、体色は緑色を基調としていると知ったくらいである。イノシシではないけれど、北上が著しいらしい。今は当地でも暑い盛りに普通に彼らの声をきくことができる。

 

 小学校くらいまでは、幼体 ( 通称、ノコノコ ) が地面から這い出て木の枝にとまり、やがて殻をぬけて成虫になる…という過程をみることは、とても大切な「自然学習の時間」になっていた。セミだけが教材というものでもないけれど、それだけ身近にいた生き物だったのだ。今の子供達の実態はわからないけれど、「ノコノコ」をみたことがないという子供も結構いるのかも知れない。

 

 160919 余談になるけれど、ものの本には日本で一番図体が大きいとされるクマゼミの絵が載っている。「クマ」というくらいなので、体は黒である。以前読んだ図鑑では、岩手県にはいないということになっていた。そのいないはずのクマゼミを県内でみたことがある。図鑑が正しければ、私は「まぼろし」をみたことになる。子供の頃の話とて100%の確信は持てないけれど、多分、「まぼろし」ではなかった。やはり、事実は小説よりも奇なりなのだ。

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